恐怖のカレーを開発した心霊マニアのO。
この恐怖のカレーで人々をもっと惹き付けるにはどうしたらいいか…悩むOに一人の男からアドバイスがもたらされます。
男の提案する、"恐怖の媚薬"とは?!
2話構成の噂話、後半のエピソードです。
恐怖の媚薬の噂
第伍夜
天候は曇り。
雨こそ降ってはいないものの、夕暮れ時にも関わらず外は既に薄暗く、街灯が人魂でも宿るかのように一つ、また一つと点り、町並みを一層怪しげに浮かび上がらせる。
Nは、心霊マニアOの自宅でカレーが作られるのを待っていた。
机上に並べられたろうそくの火が揺れている。
薄暗い部屋を照らすろうそくの灯火、真っ黒なテーブルクロスに鈍い銀色に光る先割れのスプーン。
それぞれが、これから提供されるカレーへの期待感を煽る。
その場にはまったくもって不似合いな、湯のみに日本茶が出されたときは思わず吹き出してしまったが、Oの表情は真剣そのものである。何か手伝おうかと言っても、とにかく食べてくれの一点張りだ。
率直に、感想が欲しい、と。
不思議なもので、Oは毎日カレーを作っているというが、彼の自宅はあまりカレーのニオイが残ってはいなかった。というより、無臭といってもいいほどにカレーの存在感がない。
海風の香りにかき消されたのか、はたまたOがカレーを作っているというのは単なる冗談で、実はこれから出てくるのはレトルトパックのカレーではないか…。
そんなことを考えながら、Nはカレーが出来上がるのを今か今かと待ちわびていた。
…ふと気がつくと、鼻孔を刺激するスパイスの香りが周囲を覆っている。Nの傍らには、腕まくりをしたOが、顔を覆うほどの大判のマスクをつけて立っていた。
Oの表情はほとんど見えず、真剣なのかふざけているのかNには分からなかった。
さぁ。
これが恐怖のカレーだ…召し上がれ。
Nは暗い食卓に不気味な風を感じながらそのカレーを口にした。
一口食べ、二口食べ…Nは唸った。
なるほど。これが恐怖のカレーか…。恐怖という言葉が、ただただ辛いカレーなのではないかとNに先入観を持たせていたが、けっしてそういう訳ではない。
辛いことは恐怖ではなく、恐怖というものは辛さより人を惹き付け、惑わせるものだ。
「…これを恐怖のカレーだというには、何かまだ物足りないんだ」おもむろにOはつぶやいた。「もっと人を魂から引きつけるスパイスが必要なんだ」
確かに、何かが足りない。あと一つ、何か刺激が欲しい。
カレーを邪魔せず、人の心を、魂を、動かすようなスパイスが…
人の心…
人の…魂?
「Oちゃん、あるよあるよ!」Nは力強く声をあげた。
「とっておきの、恐怖の媚薬が!」
「恐怖の媚薬?……なるほど、面白い!」Nのアイディアは劇的であった。そして、明かりが灯ったようにOの心はすっきりと軽くなった。
また一つ、このカレーが、恐怖が、人を笑顔にする、そんな世界に近づいた…。
喜んだOはさっそく他の友人にも連絡をしようと携帯の画面を見た。携帯には数分前に、あの東尋坊に住むYから着信が残っていた。
珍しいこともあるものだ。
留守番電話には、カレーと言えばスパイスだ、東尋坊と言えば人魂だといくつかのメッセージが残っていたが、Oは最後までこのメッセージを聞かずにもう一度Yに電話をかけ直した。
Yは相変わらず電話に出ることはなかったが、もうOにとってはそれはどうでもいいことであった。
カレーは、これで完成したのだから。
(…という噂。)
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