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恐怖のカレー

カレーが消えた!?

ある深夜、心霊マニアOの用意した200食の恐怖のカレーが消えた…友人Qが取り付けたカメラに映っていたのは。

消えたカレーの噂

第六夜

その日、心霊マニアOは恐怖のカレーを準備していた。

 

ついに恐怖のカレーを、お披露目する機会がやってきたのだ。

 

…といっても、規模はそれ程大きなものではないとも言える。友人Qの住んでいる地域の夏祭りで、Oはカレー屋を出店することになったのだ。

 

Qは大阪在中の男で、心霊マニアOとは、共に心霊スポットやパワースポット巡りをする仲である。

オカルト現象にも十分理解のある彼は、Oにとっての良き理解者だ。

 

元はと言えば、そんなQが町内会で飲食部門の担当となり、Oの自宅に赴いた際に相談を持ちかけたのが始まりである。「ただ店出すだけやったら誰でもできる。もっとビシィッと刺激的なこと、人を驚かすことをやりたいんやけどなぁ」Qは何か面白い、新しいことをできないかと考えていた。

 

「…それなら、カレー屋はどうだ?」Oは提案をした。「カレーやて?何や、おもろいアイディアでもあるん?」

 

「ただのカレー屋じゃない…恐怖のカレー屋だ」

「恐怖のカレー?」

Oはその場でテキパキと準備をし、すぐにQに恐怖のカレーを食べさせた。複数のスパイスをブレンドした刺激的な香りと、Oの地元の後輩・Nの案で採用されたとっておきの恐怖の媚薬が合わさり、そのカレーは立ち上る湯気に魅惑的な恐怖を醸し出していた。

 

「…なるほどな。これはいける。」三口食べたところで、Qは唸った。「出し抜けに恐怖言うから、なんや食品にしたらあかん方の恐怖か思ててんけど、違うたみたいやな」「しかし、なんで"恐怖"なんや?ほんまに食べてほしいカレーやったら、もっと別の名前にした方がええんとちゃう?」

 

Qはこのカレーと、カレーに秘められたOの思いとこれまでの経緯を一通り聞くと、にやっと 笑みを浮かべ、一気に残りのカレーを食べ尽くした。

そして、大きく頷きながらこう申し出た。「そういうことやったら、関西の方は俺にまかせとき。協力したるわ」

 

それからというもの、Oは夜な夜なカレーを作り続けていた。

 

すべての工程を一つ一つ丁寧に確認しながら、この世の些細なことを恐怖で笑い飛ばすような、そんなカレーを食べてほしい、と、玉葱を片手に包丁を握るOの拳には自然と力がこもる。

 

暑い夏の最中ではあったが、恐怖のカレーを作る間、Oは汗一つとかかない集中力でひたすらにカレーを作り続けていた。

深夜だから涼しいというだけなのか、はたまたカレーの恐怖が彼をそのようにさせるのか…

 

祭りは明後日に迫っていた。

 

できあがった恐怖のカレーはQの用意した専用の冷凍庫に保存し、既に200食分が準備できていた。

 

Oは1日数十食のカレーを作る。

10食でひとまとめにし、それが20袋。今日できたカレーを入れれば21袋になる。予備を入れて、後少し作っておけば申し分ない。

 

…はずだったが、Qが改めて数を数えてみると、冷凍庫には19袋しかカレーが入っていない。

 

どうやら、数え間違えしとったようやな。

まあええ、これを入れれば200食や。Qはその日Oから預かったばかりのカレーを冷凍庫に入れた。

 

次の日、また出来上がった10食分のカレーを一袋、冷凍庫にしまおうとしたQは数を数えて驚いた。

 

冷凍庫にあるのは、19袋。

昨日確認したはずの恐怖のカレーが、何度数えても19袋しか入っていないのだ。

 

これにはQも困惑した。

祭りは明日だ。どういう訳にせよ、これ以上カレーがなくなっては困る。

 

Oに相談すると、とりあえず、カメラでも取り付けて今晩様子を伺ってはどうだという。

誰かが盗りにきたような形跡はなく、なくなっているのはこの恐怖のカレーだけ…。

 

半信半疑ではあったが、QはOに勧められるがまま、カメラをとりつけて一晩様子を見ることにした。

 

 

そして次の日、祭りの当日の朝。恐る恐る冷凍庫を開いた彼は驚嘆した。

 

恐怖のカレーが、冷凍庫から一つ残らずなくなっていたのだ。

 

彼はすぐにカメラに録画した映像を確認した。

 

映像には、カレーを数えるQの後ろ姿しか映っていなかった。

ひとつ、ふたつ、みっつ……間違いあらへん、これで二十や。映像の中、昨夜のQがつぶやき、20袋目を冷凍庫の中に置き、扉を閉めた。

 

彼が振り返りその場を後にした次の瞬間。

 

Qの影かと思っていた、まさにその場所に…………

 

今立ち去ったばかりのQがいた———。

 

映像の中のQは虚ろな瞳で薄暗い闇の中、無心にカレーを食べ続けていたかと思うと、次の瞬間、彼の目線はカメラのレンズを見上げ…

 

 

Qは無意識に、再生停止ボタンを押していた。

 

全く覚えのない自分がそこにいたのだ。それも、映像には自分と重なるようにもう一人の自分が現れたのだから、彼が恐怖を覚えるのも無理はない。

 

Qはそれ以上この映像を見ることはできなかった。

 

冷や汗が彼の額を伝う。

放心したようにカメラを見つめていた彼の胸ポケットで、携帯が鳴っていた。

 

電話はOからだった。「すまん、O。訳分かれへんと思うけど、恐怖のカレーがごっそりなくなってもうたんや!」平謝りをするQに、電話口でOは不思議そうに言った。「…今、会場に来たけど準備したカレーは全部ここに届いてるようだよ。全部で220食。先に送っておいてくれたから、さっそく準備できるし、助かるよ」

 

 

200食の恐怖のカレーがいつ消えたのか、その映像だけでは定かではない。

 

ただ、カレーに取り付かれたQの魂が、いつまでもとり残されているようであった。

(…という噂。)

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